明治」カテゴリーアーカイブ

【明治】鎌田景弼顕彰碑

鎌田景弼(1842〜1888)は幕末の細川藩士で、明治政府に出仕し、各地で裁判官などを勤めた後、明治16年(1883年)に佐賀県の初代県知事(県令)となった。妹のマシ子が熊本敬神党の小林恒太郎に嫁いでいるため、当サイト「 … 続きを読む

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【明治】西南の役で神風連残党に言及

西南の役で西郷軍に参加した熊本隊を率いた池辺吉十郎の口供書(供述書)が「西南役と熊本(熊本県史料集成第13巻)」(国書刊行会発行)に掲載されている。 翌廿四日、自分西郷ニ面会セシニ、同人語テ曰ク、今夜神風連ガ抜刀城中ニ斬 … 続きを読む

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【明治】豊饒の海「奔馬」に登場

三島由紀夫の最後の長編作品「豊饒の海」は、第二巻「奔馬」で神風連をとり上げた。主人公の飯沼勲の愛読書として作中に登場する架空の書である「神風連史話」には、小林恒太郎の事跡についても触れている。 熊本鎮台に討ち入り後、小林 … 続きを読む

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【室町】【戦国】【明治】カタナにまつわる3つの戦い

 小林党の歴史の中には、カタナにまつわる物語がいくつか見つかる。山名氏清が足利義満に叛いた「明徳の乱」(1391年)、関ヶ原の戦いの折り、西軍一万五千余の攻囲を受けた細川幽斎の「田辺籠城戦」(1600年)、刀と槍で熊本鎮 … 続きを読む

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【明治】乱後3日目の小林恒太郎

  神風連の乱は明治9年(1876年)10月24日に起きた。熊本敬神党の170人が熊本鎮台に切り込んだ事件である。熊本城の北約8.5キロにある杵築神社(熊本市北区鐙田)には3日後、小林恒太郎が立ち寄っ … 続きを読む

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【大正】坂本弓術範士

 小林恒太郎の義理の兄・坂本茂は、弓術の日置流道雪派を学び、維新から神風連の乱、西南戦争と続く動乱の中でも弓を引き続け、師範にまでなっている。「肥後武道史」には、大正13年(1924年)に坂本茂に「範士」の称号を贈られた … 続きを読む

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【明治】弓術と敬神党

 鳥羽伏見の戦いで幕府軍を圧倒した洋式歩兵の威力は、細川藩にも、よりいっそうの兵制改革の必要性を感じさせた。熊本の大江に演武場ができ、藩士には西洋流歩兵操練の訓練参加が求められ、明治3年(1871年)には、藩校「時習館」 … 続きを読む

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【明治】内坪井の借置と「船場なる自宅」?

 神風連の乱に参加した小林恒太郎は、挙兵が失敗に終わった後、鬼丸競、野口満雄とともに自刃した。小林の自宅でのことだ。自宅の場所は、現在の熊本市内坪井町の古地図に小林恒太郎宅の記録があるほか、同市山崎町にも小林家の住まいが … 続きを読む

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【明治】旧功臣の子孫を召す

細川幽斎公没後三百年祭が行われた明治43年(1910年)10月の「九州日日新聞」には、祭典に関する記事が連日掲載された。熊本市黒髪(当時・黒髪村)の細川家御祠堂で執り行われた祭典は、この年の4月に開かれた市民挙げての「三 … 続きを読む

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【明治】細川幽斎公三百年祭

2010年は細川幽斎没後四百年にあたる。熊本市では幽斎公四百年祭が開かれ、戦国時代の文武を代表した武将の顕彰が行われる。100年前の明治43年(1910年)にも三百年祭が開かれていた。熊本で当時、発行されていた九州日日新 … 続きを読む

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