事典」カテゴリーアーカイブ

【事典】細川幸隆

 細川幸隆(妙庵)は元亀2年(1571年)、細川藤孝(幽斎)の第四子として誕生。長男は忠興、二男は興元で、3人の母は、若狭熊川城主沼田上野介光兼の娘・麝香(じゃこう)である。

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【事典】「騎兵と歩兵の中世史」

 吉川弘文館の歴史文化ライブラリーの一冊。著者は近藤好和氏。騎馬から徒歩へ、戦闘形態が移り変わっていく事例として、明徳の乱の大内義弘と小林義繁の一騎打ちを取り上げた。

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【事典】田辺城籠城

 慶長5年(1600年)、徳川家康は会津の上杉景勝を討つために、諸国の軍勢を催して会津に向かった。その間隙を衝くかたちで、石田三成が反徳川勢力を結集して挙兵。天下分け目の関が原の戦いに向けて戦機が熟していった。

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【事典】内野

 平安京の北部中央に位置する「平安宮」を指して大内裏と呼ぶ。東西約1.2キロ、南北約1.4キロの範囲に宮殿と諸官衙が整然と建ち並んでいたが、たび重なる火災で、安貞元年(1227年)の焼亡後は皇居は再建されず、周囲の諸官庁 … 続きを読む

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【事典】山名高義

 山名時氏の九男。「続群書類従」第百十五によると、山名氏清に養われ、修理亮となる。元中八年十二月、氏清に組し、京師に戦死す、と記録されている。

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【事典】山名満幸

 山名師義の四男で、叔父の氏清の娘を妻にしている。官途は播磨守。明徳の乱では、積極的に挙兵を画策した。丹後と出雲の守護を務めた。

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【事典】山名氏清

 足利尊氏に従い、元弘・建武から南北朝の動乱を戦い抜いた山名時氏の四男として誕生。山名家の惣領は、長男の師義から弟で五男の時義に伝えられ、時義が死ぬと、氏清には甥にあたる時煕が継いだ。氏清は、丹波、山城、和泉の守護職を得 … 続きを読む

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【事典】山名義理

 山名時氏の次男。修理大夫。美作、紀伊の守護を務めた。山名時氏が幕府に帰順した貞治3年(1364年)に山名一族で保持していた伯耆、丹波、丹後、因幡、美作のうち、義理には美作が与えられた。

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【事典】「熊野那智大社文書」

 紀伊国熊野にある熊野三山の一つ、熊野那智権現(和歌山県那智勝浦町)に伝わる古文書である熊野那智大社文書には、中世から近世にかけて、盛んに行われた熊野詣(もうで)にかかわる貴重な資料が残されている。

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【事典】「陰徳記」

 「陰徳記」は万治3年(1660年)ごろの成立とみられる軍記物語である。戦国時代から安土桃山時代にいたる西日本を中心にした大内、尼子、毛利、大友氏ら群雄の興亡の歴史を記した。

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