平安」カテゴリーアーカイブ

【史料】吾妻鏡 元暦二年乙巳

吾妻鏡 元暦二年乙巳 正月大 一日乙酉 卯剋武衛御水干御参鶴岡宮被奉神馬二足 山上太郎高光、小林次郎重弘等引之 ※「藤岡市史資料編別巻」には以下の注がある。(25ページ) 元暦二年(一一八五) 小林次郎重弘。 高山氏系譜 … 続きを読む

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【年表】1185年小林重弘、神馬を引く

1185年(元暦二年)正月一日 頼朝の鶴ケ丘八幡参詣に、小林重弘、神馬を引く 「吾妻鏡」、「藤岡市史資料編別巻」(藤岡地方の中世年表)

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【平安】「講座日本荘園史」に見る高山御厨

 小林党の名字の地は、上野国緑野郡の高山御厨(群馬県藤岡市)にある。「講座日本荘園史5」(東北・関東・東海地方の荘園)には高山御厨の記述が登場する。

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【史料】今昔物語集巻第二十五

源充と平良文と合戦せること

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【事典】高山党

 桓武平氏良文流と伝えられる。秩父氏の一族で、秩父重綱の三男重遠が上野国緑野郡高山(群馬県藤岡市)に住み、高山氏を名乗った。一説では、最初に住んだのは武蔵国高山邑とも伝えられ、その後、緑野郡に移ったとも伝えられる。

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【事典】秩父氏

 秩父氏は、桓武平氏の村岡五郎・平良文の孫・将恒(将常)に始まる。将恒は武蔵権守となり、武蔵国秩父郡中村郷を本拠とし、秩父氏を称した。

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【事典】良文流平氏

 桓武平氏・高望王の子で、平将門の叔父である平良文(=村岡五郎良文)の孫にあたる将恒が武蔵国秩父郡(埼玉県秩父郡)に住み、秩父氏を称するようになった。

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【平安】高山党はいつから緑野郡に住みついたのか?

 高山党が本拠とした荘園「高山御厨(みくりや)」が上野国緑野郡の地に成立したのは、天承元年(1131年)と言われる。御厨は、伊勢神宮に寄進された荘園のこと。上野国の荘園では、新田氏が開いた新田荘は保元2年(1157年)に … 続きを読む

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【平安】大蔵合戦の評価

 源義朝の長男、悪源太義平が、久寿2年(1155年)に、義朝の弟、源義賢と、義賢を養子に迎えた河越重隆を攻め滅ぼした戦いに「大蔵合戦」がある。保元・平治の乱に先立って東国で起きた合戦 だが、源氏や良文流平氏の秩父氏がそれ … 続きを読む

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