事典」カテゴリーアーカイブ

【事典】坂本茂

 神風連の乱当時、小林恒太郎には母と姉、妹がいた。姉はすでに家を出ており、その嫁ぎ先が坂本茂である。恒太郎は坂本のことを信頼していたようで、挙兵の日の朝、母と妹には鎮台へ討ち入ることを明かし、その日の午後には、新屋敷(熊 … 続きを読む

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【事典】先祖附

 「先祖附」は、肥後細川藩が藩士に家系を提出させたもの。熊本県立図書館蔵の先祖附によると、明治維新時の藩士だった小林恒太郎の初代に関して、次の記録が残っている。

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【事典】高山党

 桓武平氏良文流と伝えられる。秩父氏の一族で、秩父重綱の三男重遠が上野国緑野郡高山(群馬県藤岡市)に住み、高山氏を名乗った。一説では、最初に住んだのは武蔵国高山邑とも伝えられ、その後、緑野郡に移ったとも伝えられる。

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【事典】「吾妻鏡」

 「吾妻鏡」は鎌倉幕府の歴史をつづったもので、源頼朝挙兵の治承4年(1180年)に始まり、第6代将軍宗尊親王が帰京する文永3年(1266年)までの記事を掲載。小林党に関すると思われる記事も見られる。

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【事典】秩父氏

 秩父氏は、桓武平氏の村岡五郎・平良文の孫・将恒(将常)に始まる。将恒は武蔵権守となり、武蔵国秩父郡中村郷を本拠とし、秩父氏を称した。

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【事典】良文流平氏

 桓武平氏・高望王の子で、平将門の叔父である平良文(=村岡五郎良文)の孫にあたる将恒が武蔵国秩父郡(埼玉県秩父郡)に住み、秩父氏を称するようになった。

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【事典】小林家文書

 山形の旧家に、上野国緑野郡大塚郷の地頭を出自とする小林氏の文書が伝わっている。南北朝から戦国時代にかけてのもので、文書の発給者は、新田義貞、足利尊氏、関東管領上杉氏(憲実、憲房、憲政)、足利義氏、村上義清、武田信玄・勝 … 続きを読む

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【事典】「明徳記」

 「明徳記」は明徳2年(1391年)12月、前陸奥守・山名氏清が足利義満に対して起こした乱の顛末を描いた戦記文学である。

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【事典】「血史熊本敬神党」

 「血史熊本敬神党」は明治43年(1910年)の刊行で、著者は小早川秀雄。神風連を総合的に捉えた書物は、明治29年(1896年)に出された木村弦雄の「血史」が最も早いが、これは社会の注目を集めるには至らなかった。乱後、神 … 続きを読む

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【事典】「太平記」

 「太平記」は、鎌倉幕府の滅亡から建武の新政とその崩壊、南北朝の分裂、二代将軍足利義詮の死と細川頼之の管領就任まで約半世紀を描いた軍記物である。

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