小林勘右衛門」タグアーカイブ

【室町】【戦国】【明治】カタナにまつわる3つの戦い

 小林党の歴史の中には、カタナにまつわる物語がいくつか見つかる。山名氏清が足利義満に叛いた「明徳の乱」(1391年)、関ヶ原の戦いの折り、西軍一万五千余の攻囲を受けた細川幽斎の「田辺籠城戦」(1600年)、刀と槍で熊本鎮 … 続きを読む

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【戦国】小説「関ヶ原連判状」に登場

 安部龍太郎氏の作品に時代小説「関ヶ原連判状」がある。丹後・田辺城に籠城した細川幽斎が、実は“天下三分の計”を描いていたというストーリーであるが、細川妙庵(幸隆)に仕えていた小林勘右衛門も、チラリと登場させていただいてい … 続きを読む

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【江戸】寛永五年・小林伝三郎江戸への御供を望む

 「熊本県史料近世編」第二には、「寛永五年十一月五日覚」という、小林伝三郎が江戸参府に連れて行ってほしいと希望を出していた記録が残っている。

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【明治】旧功臣の子孫を召す

細川幽斎公没後三百年祭が行われた明治43年(1910年)10月の「九州日日新聞」には、祭典に関する記事が連日掲載された。熊本市黒髪(当時・黒髪村)の細川家御祠堂で執り行われた祭典は、この年の4月に開かれた市民挙げての「三 … 続きを読む

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【事典】細川幸隆

 細川幸隆(妙庵)は元亀2年(1571年)、細川藤孝(幽斎)の第四子として誕生。長男は忠興、二男は興元で、3人の母は、若狭熊川城主沼田上野介光兼の娘・麝香(じゃこう)である。

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【戦国】本能寺の変と愛宕山

 本能寺の変の際、細川藤孝(幽斎)・忠興父子は、明智光秀に与せず、結果的に滅亡を免れた。丹後の国・宮津にいた藤孝らに変を知らせたのは、早足の異能を持つ早田道鬼斎という者であるが、そこには愛宕山下坊の住職・幸朝がかかわって … 続きを読む

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【雑感】勘右衛門を幸隆に託したのはなぜ?

 小林丹波が、子の勘右衛門を愛宕山福寿院にいた細川幸隆に託したのは、戦国の世も終わりに近い、天正年間のことだ。幸隆は細川幽斎の三男。後に妙庵とも号した。やがて還俗することになるが、このときは出家の身である。では、丹波は、 … 続きを読む

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