【史料】「太平記」巻第三十一? 新田義兵を起こす事

新田義兵を起こす事

 将軍僅(わずか)に五百余騎の勢を率し、敵の行合(ゆきは)んずる所までと、武蔵国まで下り給ふ。鎌倉より追著(おっつき)奉る人々には、畠山上野・子息伊豆守・畠山左京大夫・舎弟尾張守・舎弟大夫将監・其次式部大夫・仁木左京大夫・舎弟越後守・三男修理亮・岩松式部大夫・大嶋讃岐守・石堂左馬頭・今河五郎入道・同式部大夫・田中三郎・大高伊予守・同土佐修理亮・太平安芸守・同出羽守・宇津木平三・宍戸安芸守・山城判官・曾我兵庫助・梶原弾正忠・二階堂丹後守・同三郎佐衛門・饗庭命鶴・和田筑前守・長井大膳大夫・同備前守・同治部少輔・子息右近将監等也。

  元より隠謀有りしかば、石堂入道・三浦介・小俣少輔次郎・芦名判官・二階堂下野次郎、其の勢三千余騎は、他勢を交えず、将軍の御馬の前後に透間(すきま)もなくぞ打たりける。

 久米河は一日逗留し給へば、河越弾正少弼・同上野守・同唐戸十郎左衛門・江戸遠江守・同下野守・同修理亮・高坂兵部大輔・同下野守・同下総守・同掃部助・豊嶋弾正左衛門・同兵庫助・土屋備前守・同修理亮・同出雲守・同肥後守・土肥次郎兵衛入道・子息掃部助・舎弟甲斐守・同三郎左衛門・二宮但馬守・同伊豆守・同近江守・同河内守・曾我周防守・同三河守・同上野守・子息兵庫助・渋谷木工左衛門・同石見守・海老名四郎左衛門・子息信濃守・舎弟修理亮・小早河刑部大夫・同勘解由左衛門・豊田因幡守・狩野介・那須遠江守・本間四郎左衛門・鹿嶋越前守・嶋田備前守・浄法寺左近大夫白鹽下総守高山越前守小林右馬助・瓦葺出雲守・見田常陸守・古尾谷民部大輔・長峯石見守、都合其勢八萬余騎、将軍の陣へ馳せ参る。

(岩波書店日本古典文学大系「太平記③」177頁)

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