鎌田景弼」タグアーカイブ

【明治】鎌田景弼顕彰碑

鎌田景弼(1842〜1888)は幕末の細川藩士で、明治政府に出仕し、各地で裁判官などを勤めた後、明治16年(1883年)に佐賀県の初代県知事(県令)となった。妹のマシ子が熊本敬神党の小林恒太郎に嫁いでいるため、当サイト「 … 続きを読む

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【明治】神風連の乱と小林マシ子㊦

小林恒太郎、鬼丸競、野口満雄の3人は、再挙の企てを断念し、恒太郎宅で割腹して果てた。明治9年10月28日のことである。役所に自決を届け出て、検視を終えた小林家では、再び、マシ子の行く末のことが話題にのぼった。

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【明治】小林恒太郎の妻・マシ子について

 小林恒太郎は、神風連の乱では、首領・太田黒伴雄以下、主力70人とともに、熊本城内の砲兵営(砲兵第6連隊)に斬り込んだ。鎮台襲撃後は、金峰山に登り、再挙を期すものの果たせず、自宅に戻り、鬼丸競、野口満男とともに自刃する。

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