【史料】「太平記」巻第三十一 神楽岡合戦の事

神楽岡合戦の事

 和田・は敵の気を計って平野へ帯(おび)き出さんと、法勝(ほっしょう)寺の西門を打ち通って、二条川原にぞ磐へたりける。ここに案の如く佐々木山内判官、楠が勢に欺(あざむ)かれて、箙胡(えびら)を扣(たた)いて時の声を揚げ叫(わめ)いて、切ってぞ懸(か)かりける。楠が勢東西に開き合って散々に射る。射れども山内判官事(こと)ともせず、敵を三方に相受けて、暫(しばら)く支へて戦ったる。これを見て、小林右京亮(うきょうのすけ)、「手合わせの合戦して、かへって敵に気を付けじ」と、七百余騎を左右に分けて、横合いに攻め戦って、山内判官思ふ程戦って、後陳(ごじん)の荒手(あらて)に譲って、神楽岡に引き退く。

(小学館日本古典文学全集「太平記④」28頁)

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